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第二章 熱砂―1


 熱砂の国サラサ。
 砂漠の中にある白亜の宮殿は王族が住まう城であり、そのまわりを囲む豊かなオアシスは王族の権威をも示していた。
 サラサには一人の王女と一人の王子がいる。
 王子の名はフェイ・フィルディナンド・サラサ。
 褐色の肌と銀色の髪、新緑の瞳を持つ。
 少々やんちゃが過ぎるところがあり、世話役や大臣たちが手を焼いている部分があるが、彼の父でありこの国の王はなんとも思っていないらしい。
 その王子の婚約者が、ハウペペルの王女カトリーヌ。
 サラサでは代々王女が国を継ぐことになっており、彼はもとよりカトリーヌの婿養子としてハウペペル姓を名乗ることになっていたのだが、今年17を数える王子は、まったく気にも留めていない。
 もともと砂漠の民の血を引いているせいか、国王一家はどこかおおらかな性格の持ち主が多い。
 普通、宮殿と言ったものは国民が立ち入ることのできない神聖な場所ともいえるが、国王が憩いの場と称して国民に開放してある。
 大臣たちからの反感はあったが、そこは持ち前のおおらかさで法律を押し通してしまった。
 ゆえに、サラサの宮殿は誰でも出入りできる。
 それは同時に、国王一家の暗殺をもくろむ輩も同時に出入りできるということだ。
 だが、いまだかつて、暗殺者が国王一家の寝所まで辿り着いたことはない。それはこの国の二つ名である「傭兵」だ。
 サラサ国は貿易で財を成した国であると同時に、傭兵業で他国へのけん制をはかった。
 サラサのフェンサーソル傭兵団といえば、ハウペペル国の騎士とも引けを取らない。
 諜報活動はもちろん、貴族の身辺警護、浮気調査までこなしてしまうのである。
 フェンサーソル傭兵団は国王直属の組織であり、身分としては上流貴族と同じ。しかし、荒くれ者が多い傭兵団の中で、貴族という称号を頂くものは団長であるマグナ・ファウストだけである。
 それもまぁ、名前ばかりではあるが。
 そんなサラサの宮殿の一角で、木の葉がさざめく。
「いってー…」
 木の枝に器用に引っかかっているのは、ラグナス。
 ルカはうまく着地したようで、カトリーヌを横抱きにして地面に降り立った。
「うまく”飛べた”ようですね、カトリーヌ様」
 ラグナスは髪に絡まった木の葉を取り、頑丈そうな枝を使って体を一回転させると、そのまま地面へと降りる。
 昼時なのだろうか、宮殿のほうからは肉の焼けるいいにおいが漂ってくる。
 カトリーヌはルカに目で「降ろせ」と訴える。それに気づいたルカは、片膝をついてカトリーヌを降ろした。
 今までルカに抱かれていたせいか、それとも宮殿内に植えられている芝生のせいなのか、カトリーヌの足元はふわふわとしておぼつかないでいる。
「十年も使っていなかったにしては、コントロールも何もかもが安定している…さすがひめさ…ッ!?」
「カトリーヌ様!?」
 ラグナスの呟きが終わらぬうちに、カトリーヌの体は芝生の上に倒れた。
 瑞々しい緑色の芝生にあてもなく漂う金糸の髪。そこから垣間見える白磁人形のような肌は、今は蝋のように真っ白い。華奢な肩が荒い呼吸とともに上下にゆれるのを見て、ルカとラグナスの顔色は一気に変わった。
「ラグナス、君は国王陛下とフェイ様、それから団長に報告して。僕はカトリーヌ様を医者に連れて行くから」
「わかった!」
 ルカは倒れたカトリーヌを抱き上げると、宮殿へと向かって走り出した。
 カトリーヌの発作は小さなものから、命にかかわる大きなものまで様々だが、長年彼女を見てきたルカは、この発作がすぐに命にかかわる大きな発作だということに気がついていた。
 すぐに医者に診せ、携行している薬を飲ませなければいけない。
 もし。
 もしもの話だ。
 彼女が力を使ったことで、それでこのか細い命の炎が消えてしまったのならーーー
 自分は一体どうしたらいいのだろうか。
 彼女の父王、そして婚約者でありこの国の王子であるフェイにすら、顔向けができない。何よりも、記憶の奥底に浮かんでくる父母に、向ける顔がない。
 命がけで主を守った、誇り高き両親に。
「カトリーヌ様…」
 負担を与えぬように、なおかつ一刻も早く宮殿へと走る。
 暑さを和らげるために張り巡らされた水路を器用によけ、至る所にある入り口からもっとも早く医務室へと通じる扉を蹴破るように開ける。
 城内をせわしなく行き交うメイドや騎士たちはそんなルカを見て、ぎょっとした表情を浮かべた。だが、すぐに状況を察したのか、メイドの一人が医務室へと走り、違うメイドは貴賓室の扉をあけてルカに入るように促した。
 この国のメイドや王宮付の騎士たちは、本当によく教育されていると思う。
 彼女の生国ハウペペルでも、このように迅速な対応はめったに見られない。
「ルクレツィア様、ただいま医師が参ります」
「どうぞ、こちらの部屋をお使いくださいませ。陛下には騎士長様が報告にあがっておりますゆえ」
「すまない。ああ、ルゥ。フェイ様はどちらに?」
 矢継ぎ早にかけられる言葉に答えながら、ルカは見知った顔を見つけた。
 フェイ王子付の女官であり、サラサ国内でも有名な貴族の娘であるルゥ・ルルーア嬢だ。
 声をかけられたルゥは、わざとらしく溜息をついて肩を竦めてみせ、「あちらに」と宮殿の一角を指差した。
 そこは鍛錬場とよばれる建物で、騎士や騎士見習いの少年たちがよく剣術の練習をしている場所だった。  フェイ王子はよく、この鍛錬場で騎士たちに混じって剣術の鍛錬をしている。ルゥや大臣たちの苦言をするりとすり抜け、時には見習い騎士の服を着て鍛錬に励んでいるのを知っているルカだからこそ、苦笑を浮かべて「ああ」と納得したように呟いた。
「まったく、フェイ様はわたくしの言うことなんてひとつも聞いてくださりませんのよ。マリア様もマリア様です!お針子に混じって見習いの服を縫っていたかと思っていたら、それをフェイ様に譲ったそうなんですのよ。……あら、そちらのご令嬢は?」
 普段何事も卒なくこなすこの女官の悪い癖といえば、主のこととなると少々熱くなってしまうところだろうか。
 メイドたちが用意してくれたベッドに横たえられたカトリーヌに気づいたのは、だいぶ経ってからだった。
「今すぐフェイ様をこちらに。カトリーヌ様がお倒れだと伝えればすぐにこちらに来るよ」
 ルカの言葉に、ルゥの表情がさっとこわばる。
「すぐにお呼びしてまいります」
 ドレスの裾を翻し、ルゥは鍛錬場へと急いだ。

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