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序章

広大な土地を持つハウペペル王国は、長い間神官の血を引く皇族によって治められていた。
 現在の国王は、政治・外交ともに秀でていたが、彼の娘であり次期国王と目されているカトリーヌ姫には、大きな問題があった。
 彼女は、心臓に大きな病を抱えていたのだ。
 しかし、そんな事をものともせずに、民は彼女を推す。
 それは彼女が、”神の力を持つ少女”だったからだ。



             ☆ ☆ ☆ ☆

「まったく、やんなっちゃうわよね」
 蝋燭に灯された薄暗い室内で、少女が呟く。
 波打つ髪はまさに金糸のごとく美しく、陶器のように滑らかな肌、薄紅色の頬、海のような深い色を見せる瞳、紅をさしていないのに赤く艶かしい唇。
 まるで、人形師が作った至高の作品のようだ、と詩人は謡う。
「そんな事をおっしゃらないでください、カトリーヌ様」
「だって、本当のことじゃない?」
 カトリーヌと呼ばれた少女は、苦笑を浮かべながら答えた男に、にやりと口角をあげて笑う。
「なーにが”神の力を持つ少女”、よ。そんなモン、欲しくて持っているとも限らないじゃない。大体ね、そういう風に書くから、周りが舞い上がるのよ。いっそ、詩人や神官なんてこの国から排除してしまえばいいのよ」
「そうはおっしゃいましても、神官はこの国には必要なものですし、詩人にいたっては諸国を流れる者。人の口には扉は立てられませんよ」
「あら、だったら交易自体なくしてしまえばいいじゃない。もちろん、熱砂の国以外の国ね」
 ふふん、と自慢げに言う声は、まるで鈴を鳴らしたように美しく涼やかだ。
 そんな少女に物怖じもせず、男は溜息をつく。
「カトリーヌ様、またそんな事をおっしゃって…。お父上がお聞きになったら嘆き悲しまれますよ」
「いいじゃない、別に。あたしがそんな事言ったって、どうせお父様は目をうるうるさせながら『どうしてそんなことを言うんだい、カトリーヌ』って答えるだけだもの」
 少女は読んでいた本を乱暴に閉じると、男に向き直った。
「いいこと、ルカ。あたしはね、神とかそんなの、信じないの。この力だって、お母様のお力を受け継いだだけで、あちらでは普通のことなのよ。未知の力は迫害される。
 あの女に殺された、お母様のようにね」
 そう呟いた少女の瞳には、憎しみの炎が宿っていた。

「さて、ルクレツィア。準備はよろしくて?」

 閉め切られた室内に、ふわり、と風が舞う。
 少女の豊かな髪を風がなぞる。
 外には満月。
 少女はその細い指先で宙に紋様を描くと、すっと通る声で唱えた。


「カトリーヌが命じる。風の精霊よ、われを彼の地まで運びたまえ!」





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